【名球会】200勝投手に近い2024は田中将大他誰?歴代の一覧表がすごい!

プロ野球の投手として偉大なる実績となるのが200勝という数字です。

現役のNPBの投手の中にも200勝に近い人たちが何人かいますが、果たして今後達成できるかどうかが非常に気になります。

その中の一人が楽天イーグルス田中将大投手ですよね。

そもそも先発する回数が多くないといけないですし、現役を長期間続ける必要もあります。

この現役投手の中で200勝に近い選手と過去に200勝を達成した投資についても調べてみましたので書いていきたいと思います。

200勝投手に近い2024は田中将大他誰?

プロ野球の投手の中でも200勝というのはなかなかできるものではありません。

そもそも1勝すらできない人も多い中で達成できそうな選手についてみてみました。

200勝するためには、毎年先発ローテーションを保つ力や怪我をしない身体など多くの要因があると考えられます。

つまりプロの中でも選ばれし中の選ばれし者ということになります。

田中将大

田中投手は2021年5月9日現代NPB101勝 MLB78勝で179勝を挙げられています。

2021年に4勝、22年9勝、23年7勝で着実に勝利数を積み重ねてきました。

22年に日米通算190勝を達成し、いよいよカウントダウンに迫っています。

出典:YouTube

田中投手については今更説明するのもアレなので関連記事にたくさん内容が載ってありますのでそちらも参照していただけたらと思います

2024年1月時点で197勝となっておりまして、残り3勝で日米通算200勝達成になります。

おそらく問題なければ2024年中に達成するでしょう。

関連記事:田中将大オープン戦の成績から見る2021年度の予想

関連記事:田中将大2021成績予想をホロスコープから読んでみました

関連記事:田中将大通算成績と年俸がヤバイ!生涯200億も目前か!?

ダルビッシュ有

出典:YouTube

ダルビッシュ有投手は時代から日本ハム時代から活躍を続けメジャーに行ってからも、その努力と改善を続け現代もメジャーリーグの第一線で活躍し続けている選手です。

SNS の使い方が非常に上手くTwitter や YouTube なども活用して一般の人たちとも絡むなど、プロ野球選手は人気商売と言うことをよく理解している選手の一人だというふうに私は感じます。

結構プライベートの面も話されておりましてダルビッシュ投手ですごいいい人だなっていうのは素直に感じますね。

日米通算164勝(今季含めると167勝)を挙げており現在34歳ということで40歳までプレイするとして6年間で36勝あげれば目標が達成することになります。

前田健太

前田健太投手は広島カープのエースとして実績を積んだのちにメジャーへの道を歩みました。広島時代は二度の沢村賞受賞や一度の投手3冠を達成 WBC ではエースとして日本の代表で活躍しました。

前田投手はNPB で94勝メジャーで53勝を挙げており通算が147勝です。

53勝で200勝ということで年齢的には現在33歳。ダルビッシュ投手と同じくこのままの確約が続けは200勝は行ける可能性のある都市の一人に挙げられます

PL 学園高校時代は4番打者として活躍していたのもありましてメジャーでもホームランを放つなど。投打にわたる活躍を見せておりますので、自らのバットで勝利に近づける可能性のある選手のひとりでもあります。

石川雅規

日本野球機構(NPB)で最も勝利数をあげているのはヤクルトの石川投手。

毎年毎年地道に勝ち星を増やし続けています。

勝利数185(2002-2023)

石川投手は球速は130キロぐらいのプロとしては非常に細い部類に入りますがスライダースクリューカットボールシュートカーブチェンジアップと大全ての球種を投げることができます。

バッターがタイミングをずらされて打ちづらいというところ。

もう一つはそのコントロールの良さにあるという風に考えます。

後で紹介します200勝投手北別府氏も精密機械という異名を取りコントロール抜群でしたが石川投手も通算の与えた四球数が1.80ということで1000回以上投球した現役選手の中では4位の記録です。

また変化球の研究に余念がなく通常のカードよりさらに遅いスロー買うを習得。

カツオの泳ぐ速さが時速80 km 程度ということと、自身のあだ名がかつおからかつおカーブと命名されています

今期のヤクルトのリーグ優勝及び日本一にも大きく貢献しました。

石川投手はあまり体格が良くない野球少年や、剛速球派ではない人たちにとってはかなりの夢を持たせてくれる投手ではないでしょうか?

涌井秀章

西武ライオンズの超絶エースだった涌井投手。

西武からロッテに移籍後はなかなか思うようなピッチングができませんでしたが楽天移籍後に再度復活を遂げております

通算勝利数157 (2005-2023)

相撲色気のあるピッチングフォームからクリアすると休日は男が見ても惚れ惚れするような内容になっています。

西武時代によりも年齢は重ねておりますが楽天ではもう年齢の衰えを感じさせることのないピッチングを披露。

涌井投手は非常に影の努力をしているという情報もあり走り込みの多さは9回でも有数の量を誇ると言われております。そのためこの年齢になっても先発陣で一線を担うことができているんではないかという風に思います

この調子をキープすることができれば涌井投手も200勝への道は可能性ありです!

和田毅

ソフトバンクの大ベテランである和田選手。ソフトバンクの中でもまだまだベテランとしてやれるポテンシャルを残した選手です。

通算勝利数140 (2003-2021)と現役3位の実力者。

ちなみに球辞苑によりますと和田投手は電灯車の中で最もど真ん中に投げる回数が多い年ということだそうです。ど真ん中の被打率.182と和田投手なりの投球術が光ります。

和田投手は年齢的な面から見ても200勝への道はやや厳しいところがあるかもしれません。しかし昨今のプロ野球では年齢が伸びている傾向にあります。もちろん成績が伴わず雇ってくれなければそのまま首ということになってしまいますが、どこか拾ってくれる球団があれば別球団で先発し続けることによって200勝達成する道が残っているとは思います

平成の200勝投手たち

長いプロ野球の歴史ですが200勝を達成した投手を全て書き出しますと、
非常に時間がかかります。

今回は平成で200勝を達成した投手についてまとめていきたいと思います。

村田兆治

村田投手はマサカリ投法で生まれる東方からダイナミックなホームで150 km 超える速球と落差の激しいフォークを武器に強打者たちをバッタバッタと押さえてきました。

1981年の日米野球ではその並み居る強打者達を打ち取り、メジャーに近い男は村田ということを印象づけました。

村田投資のすごいところは引退後も安らかトレーニングを続けその休息を維持し続けるところにあると私は感じます。

63歳で135キロを計測する化物でもあります。普通に先発しても問題ないくらいのレベルなのでは?と感じてしまうところがあります

北別府学

北別府投手は広島の投手陣を支えたエースの一人です。

通算勝利数は213勝で防御率が3.671978年から1988年まで10年間連続で10勝以上を達成している昭和を代表する投手です。

直球の速度はそこまでありませんでしたが多彩な変化球と超絶なコントロールから精密機械という異名を持っておりました。

無駄のないフォームは広島大学の研究者がそのテーマにするほどで力学的にどこにも無駄が入っていない自然な形の回転に驚いたという調査もあります

工藤公康

現ソフトバンク監督の工藤公康氏。

通算勝利数は224勝で200勝到達時の年齢は41歳3ヶ月でした。

工藤監督は現在もソフトバンクのバッティングピッチャーを買って出るなど自らの肉体を可能な限り使おうという風に見て取れます。

ちなみに工藤監督は自身の200勝がかかった試合でホームランを放ちまして自らのバットで200勝をもぎ取りました。

 

山本昌

中日ドラゴンズのレジェンドであった山本昌投手。ファミコン時代から最新のハードのゲームまで登場している誰でも知っている年の一人です。

通算勝利数は219勝で40歳以降に46勝も挙げている化け物です 。

また趣味のラジコンもプロ級でラジコンが本名でプロ野球選手が副業なんじゃないかという冗談もささやかれてるほどの偉大なる投手です。

あの天才打者であった高橋由伸氏が苦手だった打者の一人にあげています。

野茂英雄

野茂英雄投手は日本人メジャーリーガーとしてのパイオニアとして知られている人物です。

私個人的にはこの時代の近鉄バファローズがとても好きでした。

大石大二郎選手、ブライアント選手  石井浩郎選手 個性的な選手がたくさんいた記憶があります。

通算勝率は日米通算201勝。

そのトルネード投法はメジャーでは通用しないと散々叩かれまくっていましたが彼はそんな外野からの意見はものともせずメジャーで2度のノーヒットノーランを達成するなど偉大なる快挙を成し遂げた後に引退しました。

 

黒田秀樹

黒田投手はメジャーからの契約をぶった切って古巣の広島東洋カープに戻ってきました。

通算成績は203勝で200勝到達地点の年齢は41歳と5ヶ月でした。

広島カープはこの時無双の強さを誇っておりまして、暗黒時代と呼ばれていた時代から考えると目まぐるしい程の成長ぶりで黒田投手も最後の活躍をするにあたって良い選択をされたのではないかと個人的には感じました。

 

レジェンドたちのこれからとこれまでの功績を見ながら200勝という偉大な記録を達成できるように見ていけたらと思います。

200勝に届かなかった名投手

1990年以降に日本プロ野球(NPB)で200勝に届かなかった投手たちを6人取り上げます。

200勝は投手の名球会入りの条件の一つで、打者の2000本安打に比べても達成が難しい記録です。

1990年以降、2000本安打を達成した打者は28人いるのに対し、200勝を達成した投手は村田兆治、北別府学、工藤公康、野茂英雄、山本昌、黒田博樹の6人のみです。

この動画では、あと一歩で200勝に届かず引退した投手たちを詳しく紹介しています。

三浦大輔(通算172勝)

三浦大輔は1991年にドラフト6位で大洋ホエールズ(後の横浜ベイスターズ)に入団。

1993年にプロ初勝利を完投で飾り、1998年には安定した投球で自己最多の12勝を挙げ、横浜を38年ぶりのリーグ優勝と日本一に導きました。

エースとしてチームを支えた三浦は、1997年から2001年までの5年間で53勝を記録。

その後も最優秀防御率や最多奪三振のタイトルを獲得するなど活躍しましたが、2006年以降はチームの成績が低迷し、勝ち星に恵まれませんでした。

39歳で迎えた2012年も好成績を残しましたが、2016年に引退。最終成績は172勝184敗で、横浜のエースとして25年間投げ続けたことに誇りを持っています。

200勝に届かなかったことについて「横浜にいたからこそ25年間投げられた」と述べています。

桑田真澄(通算173勝)

桑田真澄は1985年に巨人にドラフト1位で入団。1年目からプロ初勝利を挙げ、2年目の1987年には15勝6敗、防御率2.17で最優秀防御率のタイトルを獲得しました。

1989年には自己最多の17勝をマークし、巨人の投手陣を支え続けました。

しかし、1995年の阪神戦で小フライを取ろうとした際に右膝のじん帯を損傷し、手術を受けました。

その後もリハビリを経て復帰し、1998年には16勝、2002年には12勝を挙げましたが、ケガに苦しむシーズンが続き、最後はMLBのパイレーツでプレーしましたが思うような成績を残せず、2008年に引退を表明しました。

星野伸之(通算176勝)

星野伸之は、ストレートの球速が130キロに満たないこともありましたが、1985年に初勝利を挙げ、その後も巧みな投球術で活躍。

独特なフォームで打者を翻弄し、1987年から1997年まで11年連続で2桁勝利を記録しました。

オリックスで16年間プレーし、1996年には最高勝率のタイトルを獲得しましたが、2000年に阪神に移籍。

しかし、阪神でのプレーは思うような成績を残せず、2001年には血栓を患い、その後も勝ち星が伸びずに引退。最終成績は176勝で、200勝まで残り24勝でした。

斎藤雅樹(通算180勝)

斎藤雅樹は巨人にドラフト1位で入団し、最初は目立った成績を残せませんでしたが、監督からサイドスローへの転向を提案され、1985年には12勝をマーク。

その後も着実に成績を積み重ねましたが、突き抜けた成績には至らず。しかし、1989年に藤田元司監督からの励ましを受けて覚醒。

20勝7敗、防御率1.61で最多勝、最優秀防御率、沢村賞を獲得し、1990年も20勝を達成しました。

最多勝を3度獲得するなどエースとして活躍しましたが、右肩の故障や足の痛みから成績が落ち込み、プロ20年目を目前に引退しました。

西口文也(通算182勝)

西口文也は西武で活躍し、1996年に16勝、1997年には最多勝、最高勝率、最多奪三振、パ・リーグMVPを獲得。

2005年には自己最多の17勝を挙げましたが、あと一歩のところで完全試合やノーヒットノーランを逃すことが多く、ツキに恵まれない投手としても知られています。

2006年以降はケガに苦しみ、2013年から3年間未勝利で現役を引退しました。

200勝まで18勝足りませんでした。

石井一久(通算182勝)

石井一久は1992年にヤクルトに入団し、1995年には13勝、防御率2.75の好成績を残しました。

1998年には14勝を挙げ、最多奪三振のタイトルを獲得。

その後、MLBのドジャースに移籍し、2002年から3年間で36勝をマークしましたが、トレードで移籍したメッツでは左膝痛に悩まされました。

2006年にヤクルトに復帰し、その後西武に移籍。2012年には10勝を挙げましたが、左肩の不調から2013年に引退しました。

彼は200勝に対して「182勝したら別にいいじゃないか」と語り、未練を感じさせませんでした。

200勝投手まとめ

動画は、現役選手で200勝に最も近い選手として、日米通算で田中将大投手が200勝まで19勝、NPBのみでは石川雅規投手が24勝残しています。

今後も多くの投手が200勝を達成することを期待して締めくくられています。