母親と父親の仲が悪い家庭は崩壊する話。

僕の家は父親と母親という存在が両方ともクズでした。

人間が生きていくうえで最も重要な存在である父親と母親という存在。

今回はこの両者のバランスが合わない家庭というのは崩壊してしまうという話について書いていきます。

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父親はアスペルガーの放置プレー

僕の父親というのは今思うとアスペルガー症候群でした。

自分の仕事のみ適当にやっておいて自営業で時間はめちゃくちゃあるのに子育てには放置プレーでした。

僕は父親の通夜と葬式に出ましたが、その際に父との思い出というのを葬儀屋の人に聞かれました。

正直言ってほとんどありませんので何を答えていいのかが本当に迷いました。

一応小学校時代に虫取りなどを教えてもらったということだけ話しましたが、小学校以上の父とまともに接した記憶というのがないのです。

これは母にも聞いたのですが、父親が何を考えているのかが全く分からなかったというのです。一番身近にいる母がわからないのに、子供の私がわかるわけがありません。

それくらい父親という存在が希薄で謎の存在だったのです。(彼自身コミュニケーションに障害がった。本当に何を考えているのかがわっぱりわかりませんでした。)

 

母親過保護

母親という存在は超が付くほどの過保護でした。

彼女自身は子供がかわいくてやったといっておりますが、子供からすると非常に迷惑な話になります。

子供というのは失敗させて自分で痛い目を見ることによって考えて成長します。

その失敗を取り除くことは一見正解かのように思えますが、長い目で見てみると子供は失敗を恐れるようになってしまいます。

子供を一人前にするというのは子供の苦労を取り除くのではなく、子供が一人で行動できることをいうんだと個人的には考えます。

父と母の暴言は辛い

父親と母親が暴言を吐いてお互いをけなし合っていたというのは非常に辛いものがありました。

ましてはどちらも悪いと思うのですが、我が家の場合は明らかに父親が悪いというのは感じていました。

 

父と母の会話のないのも辛い

そして逆に暴言がおさまったあとに父と母の会話がないというのも非常に辛いものがありました。

せっかく一緒に暮らしているのにもかかわらず全く会話がないということは人生をともに行きていないことになると私は幼いながらも感じてしまったのです。

父と母が宗教に入っていなかったのは唯一の救い

僕の生まれた周辺というのは某超有名宗教団体が複数基地を立てているような地域でした。

ということで、一歩間違っていたら父も母も宗教にどっぷり浸かっていたかもしれないと考えるとぞっとします。

宗教に入っていなかったということは唯一と言っていいほど救われた面ではあります。

自分の親がゴミだと気が付いたら自立するしか道はない

自分の親がゴミだということは自分自身もゴミということになります。

つまりそのままの状態でいたら社会のごみとしてさまよう中年となり下流老人となる可能性が高くなります。

そのまま誰からも存在を認められることもなくお亡くなりになられるという事態になり寂しい人生だったということにもなりかねません。

家庭の崩壊を経験して

僕自身家庭の崩壊というものを経験しました。

父親が全く働けない。だけど借金は残っている。

このような心がぐちゃぐちゃにされるような状態でも何とか生きてくることができました。

一刻も早い自立が自分自身を救いますが、大変なのは事実です。

一日も早く自分の人生を生きることができるよう応援しております。

 

 

ああああ

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